ひき出しのようなブログ

主に映画の感想。忘備録のようなもの。

どこまでが、自分と関係のある人?『希望のかなた』が僕に与えた影響

 渋谷を歩いていたら、東南アジアの人に「すいません」と話しかけられた。手にはノートを持っていたので、何かの募金を集める人だとすぐ分かった。だから僕も「すいません」と会釈して、そのまま立ち去った。

 

何でか分からないけれど、その事が1週間経っても印象に残っている。

 

恐らく、今まで似たような人に何度も話しかけられているはずなんだけど、その事は全く覚えていないのにだ。というより、本当にそういった経験があるかどうかすら、記憶にない。今まではそれくらい、どうでもいいこととして淡々と流れていっていたんだと思う。

 

でも今回は、「ぞんざいな対応してしまったのかもと少し後悔しているのか、日記に書くくらいに「どうでもよくないこと」として捉えている。恐らく募金詐欺だろうなと頭で分かっていながらも……。

 

 

今年の初めに、『希望のかなた』というアキ・カウリスマキの映画を観た。フィンランドに流れ着いてきたシリア難民の青年の話だ。その青年と偶然出会い関わるようになった人達は、「外国人だから」といった壁を一切設けず、善意を持って彼を手助けする。自分が金銭的に苦しくても、助けることによって社会的な制裁を加えられる可能性があっても、そんなことは気にせずに振る舞う彼らがひたすらカッコ良い、そんな映画だった。

 

この映画に出てくる人は、名前も知らない、国も違う、得体の知らない青年を「自分と関係のある」人だと思って接しているようだ。今の僕では恐らく、そのような青年を「自分と関係がある」人だと考えられないと思う。でもそんな自分を変えたい、とこの映画を観て思った。手助けをする市井の人々は、社会的地位は必ずしも高いといえないかもしれないが、そんなのは関係ない。あの人達みたいになりたい。

 

僕自身は、今はまだ、募金を集めている東南アジアの人を「自分と関係のある」人だと自然には思えない。でも、日本に来たけどお金がなくて生活できない人を、そう思えるようになりたい。そのためにも、映画を観て、本を読んで、旅に出るコトを自分に人生の基盤にすべきなのだ。

 

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